いまこそ聴くべし!昭和のポップ/ロックバンド【サザンオールスターズ】

いまこそ聴くべし!昭和のポップ/ロックバンド【サザンオールスターズ】

 音楽評論家・スージー鈴木による連載「いまこそ聴くべし!昭和のポップ/ロックバンド」。サザンオールスターズについて、主に音楽的視点から、その魅力に迫ります。 

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◆目次

サザンオールスターズ/桑田佳祐による音楽シーンへの功績
(1)日本語をロックに乗せる方法論を発明したこと
(2)ロックにおける歌詞世界を拡大したこと
(3)ロックをビジネスとして確立したこと

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サザンオールスターズ/桑田佳祐による音楽シーンへの功績

音楽評論家のスージー鈴木です。『サザンオールスターズ1978-1985』『桑田佳祐論』(ともに新潮新書)と、私はサザン/桑田佳祐に関する本を2冊も書きました。というわけで、私よりサザンに詳しい人はたくさんいるでしょうが、とりわけ昭和の初期サザンによる音楽シーンへの功績を考え続けた人は、そんなにはいないのではないかと、勝手に思っております。

という立場から初期サザン/桑田佳祐の功績を考えると、以下の3つにまとめられます。

(1)日本語をロックに乗せる方法論を発明したこと

(2)ロックにおける歌詞世界を拡大したこと

(3)ロックをビジネスとして確立したこと

 

(1)日本語をロックに乗せる方法論を発明したこと

(1)に関しては、やはり『勝手にシンドバッド』の衝撃について語らざるを得ません。1978年の夏、小6の分際でこっそり聴いていた深夜ラジオから流れてきた『勝手にシンドバッド』。流れてくる歌詞が日本語なのか英語なのか、本当に分からなかったのですから。

しかし翌79年、『思い過ごしも恋のうち』の衝撃は、ある意味『勝手にシンドバッド』を上回るものでした。特に、中盤に出てくる、のちのラップを先駆けたような早口フレーズ「どいつもこいつも話の中身が どうなれこうなれ気持ちも知らずに」のインパクトたるや。

日本語と英語をチャンポンにした奇妙な文字列を、早口かつ巻き舌で、「あ・い・う・え・お」以外の母音を交えて、子音はカ行とタ行を強調して発声する――と文字で書くと異常にまどろっこしいのですが、とにかくあの手この手を駆使して、日本語をロックに気持ちよく乗せる方法論を発明したこと。大滝詠一や矢沢永吉のボーカルスタイルを発展化、かつ一般化させたという功績は、日本ロックボーカリストの歴史上、明らかに最大級のものです。

 

功績を端的に示すのが、現代の若いボーカリストの発声でしょう。例えば米津玄師。彼の歌う日本語を冷静に聴けば、かなり歪んでいることが分かります。しかし、多くの若いリスナーは、彼の曲を聴いて、歪んでいるとは感じないと思うのです。それこそが、桑田佳祐(や佐野元春)が確立したボーカルスタイルの基盤の上にあるからなのです。

面白いのは、日本語を破壊・再構築したような桑田佳祐と、日本語の音韻を保持することで、言葉がすんなりと入ってくるRCサクセション/忌野清志郎という、2人のボーカルスタイルの対比です。日本ロックボーカリストの歴史は、言ってみれば、この2つの流派(?)の相互作用によって、紡がれてきたと見るのです(この点については、芥川賞作家・角田光代さんをお招きしてお送りする、49日開催、ロックン・ロール大学「忌野清志郎学」でも触れたいと思います)。

 

(2)ロックにおける歌詞世界を拡大したこと

次に(2)ロックにおける歌詞世界の拡大。まず指摘できるのは「意味という呪縛からの解放」です。つまりは歌詞のナンセンス化。

先の『思い過ごしも恋のうち』における「♪どいつもこいつも話の中身が どうなれこうなれ気持ちも知らずに」も、意味がよく分からない。大サビで響き渡る「しゃぶりつくよにPatiently」はさらに。それどころか、そもそもタイトルからして、意味がひどく曖昧。

歌詞のナンセンス化は、平成に入っていよいよ極まります。例えば『マンピーのG☆SPOT』(95年)の「芥川龍之介がスライを聴いて〝お歌が上手〟とほざいたと言う」は、「桑田流ナンセンス」の最高峰と言えましょう。

もちろん、とろけるようなラブソングが歌詞世界のど真ん中にあるのですが、それを取り囲むように、ナンセンスや、あとエロティシズム(あえて歌詞は挙げません)や、コミックソングなどと幅広く、さらにはメッセージソングも意外と多いのです。

これも平成になりますが、『ピースとハイライト』(13年)の「♪20世紀で懲りたはずでしょう?」や、昨年の「桑田佳祐 feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎」名義『時代遅れのRock’n’Roll Band』における「子供の命を全力で 大人が守ること それが自由という名の誇りさ」の気高さはどうでしょう。

「♪芥川龍之介がスライを聴いて」から「♪子供の命を全力で」までの振れ幅。そんな広大な歌詞世界のベースにあるのが、「ロックは何を歌ってもいいんだ」という桑田佳祐の奔放な意志だと思うのです。というか、桑田の歌詞ほどの広大な歌詞世界を持っている音楽家は、未だに現れていないと思うのですが。

 

(3)ロックをビジネスとして確立したこと

そして最後、(3)ビジネスとしてのロックの確立。(1)(2)のような過激でパンクな試みを繰り返しながら、驚くべきは、それが大衆と遊離することがなく(厳密に言えば、遊離しかけたら、すぐさまベタな接着剤を繰り出す)、デビューから45年の令和の世に至るまで、ロックビジネスの頂点に君臨し続けていることです。

ライブでの桑田佳祐のパフォーマンスを見ていると、「あぁ、一億人を楽しませたい人なんだなぁ」と痛感します。一種の「業」としてのサービス精神。過激であっても、大衆的でなければならないという最高最強のバランス感覚。それが初期だけでなく現在のサザン/桑田佳祐に通じる、魅力の必要条件になっているような気がします。

というわけで、(なぜだかあまり語られない)そんなサザン/桑田佳祐による最大級の功績を噛み締めながら、昭和の初期サザンに耳を澄ませてみるのはどうでしょうか。アルバムを1枚だけ選ぶとすれば、大いに悩みますが『人気者で行こう』(84年)を選びます。聴こえてくるのは、過激性と大衆性を見事に両立させる絶妙なバランス感覚――言ってみれば、現在のJポップ界は、このバランス感覚の上に成り立っているようなものなのです。

◆ライタープロフィール

 スージー鈴木(すーじー・すずき)

音楽評論家、小説家、ラジオDJ。1966年11月26日、大阪府東大阪市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。音楽評論家として、昭和歌謡から最新ヒット曲までを「プロ・リスナー」的に評論。bayfm『9の音粋』月曜日担当DJ。著書に『桑田佳祐論』『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『平成Jポップと令和歌謡』『80年代音楽解体新書』『1979年の歌謡曲』(いずれも彩流社)、『恋するラジオ』『チェッカーズの音楽とその時代』(いずれもブックマン社)など多数。


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